友人の告別式に出て感じたこと…

諸々感じたこと

2015年の大晦日。
内容的にも新年では無いかなぁ…って思ったので忘れないうちに勢いで書きました。

長文&乱筆&酔っぱらいの勢いで書いています。適切でないとこもあると思いますが、あくまで、私個人の備忘と言うことでご容赦ください…。

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もう少しで後厄が終わります。

振り替えると仕事で本厄・後厄共にあまり良いことは無かったのですが、大きな災いも無かったのでマシな方かもしれません。

ただ、前に進めずに悶々とすることばかりの数年間でした。

この状態がマイナスにはたらき、普段の人間付き合いもめんどくさくなっていたように思います。

にも関わらず、数(十)年来会っていなかったの友人と会う機会が、何となく増えたってのが不思議でしかたありません。

なぜこんな感慨に耽っているかというと…

先日、高校時代の友人の告別式に出てきたのです。

高校を卒業してから実に24年ぶりにきた連絡が同級生のお通夜と告別式の連絡…。

この24年間まったく連絡を取っていなかったので、どんな人生を歩んできたのか、どんな悩みを持っていたのか、どんな楽しみに耽ってきたのか…。

高校時代の濃密な部活動の時間を共有してきたのにそのあとの人生は全く絡むことが無かったのです。

名前を聞いても、うっすらとしか顔は浮かんでこない状態だったので、アルバムを引っ張り出してきたのですが、ヤッパリピンときません…。

『死んだの?』

本当にピンとこないもんですよね。

でも、棺に入っているのは、年相応に老けていますが、間違いなくあの時の同級生でした。

私は部長をしていたのですが、彼は副部長。部活では、それなりに切磋琢磨しておました。

彼は、小さい頃から母親が居なく、新聞配達しながら国立大学の大学院まで行き、教師になっていました。

一生懸命生徒のために働いていたようで、母校に引率して生徒を強化したりもしていたそうです。

告別式にも本当に多くの生徒さんが来ていたのが印象的でした。

結婚はまだで、奥さんや子供を悲しませることは無かったようです。(彼女の存在は知りません…)

兄弟は、弟と妹さんの二人。

お父さんは既に他界しているとのことで順番を守り、親不孝もしていません。

新聞配達しながら、学費を捻出し、弟と妹の面倒も見てきたようです。

告別式では、親戚のおばさんが『もう、頑張んなくて良いんだよ。ゆっくり休みなさいね。むこうでいっぱいお母さんとお父さんに甘えるんだよ…』って、40過ぎのオッサン(故人)に言ってました。

小さい頃から、甘えることができない環境で、しっかりやらなきゃ!!って頑張ってきたんでしょうね…。

なんか胸が詰まります…。

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列席した友人の言葉…

告別式に一緒にでた同級生の一人も卒業以来の再会だそうで、告別式に呼ばれるべくして呼ばれたのかも…って言ってました。

彼は仕事がうまく行かず、昨年の本厄の年に会社を辞めています。

それからは、貯金を崩して生活する毎日…。にも関わらず、欲しいものはクレジットカードで買ったりしていたそうです。
貯金も使い果たしてからは、昔のツテを使ってたまに仕事をする生活で、ダラダラと過ごしていたようです。

その彼が『俺は何やってんだ…。もっと頑張んなきゃ!ブー(故人のアダ名)は苦労してるにもかかわらず、家族の面倒までみてたんだから…。』って、『業』ってものになぞらえて話していました。

【業(ごう〔ゴフ〕)】
1 仏語。人間の身・口・意によって行われる善悪の行為。
2 前世の善悪の行為によって現世で受ける報い。「―が深い」「―をさらす」「―を滅する」
3 理性によって制御できない心の働き。

この数年、乳幼児が餓死したり、薬で殺されたり、凄惨な事件が多く報道されています。

生まれて数年で死ななければいけなかった子達は可愛そうだけど、神様や仏様というものがいるなら、『もう十分頑張った。お疲れさん』ってことで、あちらに連れていかれたのかもしれない。

この世でやるべき事をやりきって、天国に行ったんだと。

だから、同じ年に生まれた俺たちでも、早く逝く奴もいれば、マダマダこの世で頑張らなきゃいけない奴もいる。

ブーは、苦労して頑張ったんだから、早く逝ったんだ。
残ってる俺らは、今よりもっと頑張んなきゃダメなんだ!!

だから、今日から生まれ変わって頑張る!!

って言っていました。

確かにその通りかもしれません。

我々は、彼に呼ばれるべくして呼ばれたのかも知れません。
少なくとも友人は、告別式の日に頑張ろうと心機一転したようです。

私は…

部活では、私が部長でしたが誇れる成績をあげることが出来ませんでした。

だから、部活が終われば、部長も終わり!って思ってました。

しかし、この数年は、中学・高校と部活動時代の仲間から声がかかるようになります。

「何だろうねぇ~」

とか思ってましたが、20年来の友人との再開が告別式ってのは、辛かったです。

部活が終わっていますが、人と人を繋ぐ役目は部長だった人間がやるべきなのでは!?

同じ苦しみを共有してきたからこそ、同じ年に生まれたからこそ、言えることもあるし、素直に羨ましく思うこともあると思う。
下手な虚勢はすぐバレます。

素直に受け入れられるのです。

だからこそ、当時の部長だった人が鶴の一声を上げなければならないのかもしれません。

って言うのが、副部長だったブーからのメッセージだったのでは?

『呼ばれるべくして呼ばれた』と感じていた友人の言葉を聞いて、そうだなぁ…って染々と考えてしまいました。

受け入れよう!!

話を聞いたとき、20年以上も会ってないから行かなくてもいいかなぁ…って思いましたが、行ってよかったと思ってます。

別れは辛いですが、何か感じることがあります。

不要なら声はかからないでしょう。

連絡が来るってことは、何かしらあると思います。

もしかしたら、色々なシガラミなどがあり、嫌かも知れません。

しかしながら、それらのシガラミなど抜きにして、こういった場には顔を出すべきと改めて感じました。

今回は良くない知らせでしたが、人と人が繋がって行けば、良い知らせで集まれる場が増えると思います。

日頃の付き合いを大事にしていくのって大切なことなんだなぁ…って、改めて感じましたので、今後ともよろしくお願いいたします m(._.)m

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